理学部彼氏を持つアーサーさんで大学生アルアサ
「天体観測につきあってくれよ」
確かに、彼はそう言ったのだ。
四年生になって、研究室にこもりっぱなしで、ろくにデートもしてくれなくなった彼氏。アルフレッドがそう言ったのだ。だから、アーサーは張り切った。久しぶりに会う彼氏のために、まず美容院で髪を整えた。それから、服を新調した。
天体観測というからには、夜のデートだろう。もしかして、都会の人口光を避け、山にでも行くかもしれない。この季節、街中に居たって夜の冷え込みは厳しい。いい雰囲気になったときに、鼻水が垂れていたり、腹が痛くなったりしてはいけない。予想される困難には予め対策を立てておくべきだ。すなわち、防寒せねば。

サーモスには温かく甘い紅茶を。すぐに腹が減ったと騒ぐあいつのために、キュウリとハムのサンドウィッチも。あとは、二人で包まるための大判なブランケット。まったく、我ながら甲斐甲斐しい。アルフレッドは、こんな至れり尽くせりな恋人を持ったことに感謝して欲しいものだ。得意げな鼻息を吹き荒らしつつ、アーサーは約束の15分前に待ち合わせ場所に辿り着いた。

理学部棟5階。言われたとおり、階段を左に曲がってすぐのドア。講義室以外で、他学部の校舎に入る機会など早々ない。ましてや、理工系の施設はアーサーの在籍する学部や大学の中央機関からは遠く離れた立地にあるのだ。フツウの生徒(つまり、理学部とか工学部ではない、という意味だが)は、まずそこに近づくことさえないだろう。

コンコン。

緊張で少し乱れた呼吸を抑えつつ、ノックする。
アルフレッドと会うのは久しぶりだ。実体を持った現物とまみえるのは、電話や文字でのやりとりとは全く違う。だって、手を伸ばせばそれに触れるのだ。圧倒的な存在感である。
ドアが開き、現れたアルフレッドに、アーサーの感動は頂点に達した。
「やあいらっしゃい、アーサー。久しぶりだね!」
軽くハグされ、感極まって涙腺が緩んでしまったアーサーを、アルフレッドは不思議そうに覗き込んだ。
「あれ?君って、寒がりだったっけ?まだ11月なのに、そんなモコモコな格好で…」
「は?だって、今日は天体観測なんだろ?山とか屋上とか、外は寒いだろ。おまえこそ、そんな薄着で…って、準備しなくていいのかよ?」
見れば、アルフレッドはへろへろに草臥れた白衣に、その下はTシャツ(見たことのあるデザインから察するに、それは半そでだ)。特におしゃれではないジーンズの足元は、なんと、裸足にゴム製のスリッパである。
「外には出ないぞ。天体観測って言っても、ここでモニタを見るだけだし。今日は先輩たちが学会の打ち上げで、俺だけ留守番させてもらってるから他に誰もいないし、君を連れてくるいい機会だと思って」
「なんだよ…そういうことかよ…」

アーサーは思い出した。
アルフレッドが所属するのは、宇宙物理学研究室。彼にとっての「天体観測」とは、実際に夜空の星を眺めることだけではなく、時々アルファベットが入り混じる、イミフメイの数字やら図形やらを解析することも指すらしい。脱力するアーサーに、
「君に見せたかったんだ。俺が今やってることを」
アルフレッドはそう言ってはにかんだ。
その表情の可愛さと、久しぶりに会った恋人へのいとしさに、不満をぶちまけたい欲求がしおしおと鳴りを潜める。
「っとにお前は…しょうがねぇなぁ」
結局、惚れたほうが負けなのである。

中身のスポンジがはみ出している古びたソファに並んで座り、二人でひとつのブランケットに包まって、サンドウィッチを食べた。

何かを測定中のマシンが時折発する電子音。
散らかった埃っぽい研究室に、青い色彩を放つモニタ。

映画のような壮大さはなく、図鑑で見た写真のような美しさもない。
だけど、この薄汚れた研究室を介して、この男は見果てぬ宇宙の先を見ている。

おしゃれなディナーや100万ドルの夜景、満天の星空なんかなくったって、こいつがいれば、ただそれだけで俺は満たされるんだな、とアーサーは思った。
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2016/11/19

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