魔法使いの弟子になりたいアルフレッドくんのお話
俺の住む街には魔法使いがいる。

彼はぼさぼさの金髪に、みどり色の宝石みたいな目をしている。なによりすごいのはきらきらの目の上にででんと居座る太い眉毛で、パーツだけに注目すれば残念な存在のはずなんだけど、なぜかそれは彼の外見にすんなりと馴染み、ビスクドールみたいに冷たく硬質な雰囲気を持つ彼に温かみさえ与えるような、そんな不思議な存在感を放っていた。実際、彼自身も、口にこそ出さなかったけれど、その眉毛を自分のチャームポイントだと思っている節があった。
なので、ここでは便宜上、その魔法使いのことを、親愛をこめて「まゆげ」と呼ぶことにする。

冒頭に戻るけれど、まゆげは俺の街の魔法使いだった。いつからここに住んでいるのかは知らない。たぶん、俺が生まれるよりもずっと前からいたのだと思う。俺がまゆげと出会った時には、彼はもう大人で、まじないや薬草学といった、魔法の知識で街の人のために働いていた。
俺は、夢見がちな子どもだった。魔法とか、ドラゴンとか、そういうものに人一倍強い憧れを抱いていた。なかなかなれない、選ばれた職業に就きたかったし、誰もしたことがないようなエキサイティングな体験をしたかった。
特別な存在になりたかったんだ。

だから、知識を得て、彼が魔法使いと知るや否や、すぐに自分も魔法使いになりたいと、彼に弟子入りしたいのだと、両親にお願いした。彼らは承諾を与えてくれたわけではなかったけれど、それでも俺がまゆげの元に通うことは許してくれた。以降ずっと、俺はまゆげに弟子入りの直談判を続けている。

そして今。
ふわふわの布で作られた、猫耳のフードをかぶり、俺はまゆげの膝にいる。

これは俺の両親の友人である、東の国の魔法使いが作ってくれた「猫耳パーカー」だ。これを着て、フードをかぶると、たちまちに猫の姿になるといういっぴんだ。弟子入りにイエスをくれないまゆげにこっそり近づいて、彼の弱味を握る。そしてそれをネタに弟子入りを認めさせることが俺の狙いだ。この行為は外交交渉のひとつの手法で、父上も時々使う手段だし、俺もゆくゆくは使えるようにならないといけないって、家庭教師が言っていた。
俺は正々堂々と、猫の姿で、まゆげの弱みを握ってやるんだぞ!

そんな強い決意を胸にまゆげに対峙した俺だったのだけど、まゆげは猫の姿の俺を見ると、優しい手つきで俺の頭を撫でてくれた。それから、だっこも。まゆげのてのひらは温かく乾いていて、指は関節以外のところが細くくびれて骨ばっている。そんな硬い手でわしわしと撫でられ、有り余る猫の皮を伸ばすように優しく引っ張られて、俺は思わずごろごろと喉を鳴らしてしまった。不可抗力だ。猫の姿だから仕方ない。
それから彼は、俺を筋張った太ももに載せてくれた。そこはちっとも柔らかくなかったけれど、布越しにじわじわと彼の体温が伝わってきて、思いのほか居心地が良かった。彼は指をかぎ状にして、俺の背中からしっぽの付け根まで、梳くように撫でてくれている。やばいぞ。これは、寝てしまう。このままじゃ、俺の目論見が。
弱味って、なんだっけ…。



すうすうと寝息が聞こえたところで、俺は膝の猫からそっと、ころもを剥いだ。
魔法の影響で一瞬ぐにゃりと空間がゆがみ、ゆらゆらと水面のように揺れ、位相が整う頃には金髪の子どもが現れる。
わが国の王子様は近頃魔法にご執心で、自分も魔法使いになるのだと、たびたび俺の元を訪れている。キングもクイーンもご承知のようだが、正直俺は気が気じゃない。
今日のこの、猫耳パーカーの存在は、東の国の友人が事前に教えてくれていた。なんでも王子が考案して、キングとクイーンにねだったのだとか。なんで魔法使いなんかになりたいんだろうな。いつだったか、魔法が使えるのは特別で、ヒーローみたいでかっこいいだろっておっしゃっていたけれど。

あなたは魔法使いよりもずっと、特別な存在なのですよ、未来の我が君。
俺は跪き、すやすやと眠る王子の衣装、そこに縫い込められたスペードの紋章に口付けた。
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2017/01/28

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