マジカルストライキのアルアサ。愛憎劇っぽいギャグです。
ここは、夜景の美しい高級三ツ星レストラン。ひとかどのご身分であろう、壮年を過ぎた紳士やご婦人方といった客層の中で、極めて若い二人の男性が囲むテーブルがあった。

「君と出会えたことが、俺の一番の幸運だよ」

アルフレッドはそう言って、キャンドルの向こうから端正な顔に微笑みを浮かべた。
ちろちろと揺れるオレンジ色の炎に照らされたアーサーの頬が赤く染まったのは、そこから受けた熱エネルギーのせいばかりではない。
「私こそ、当社の次代を担う、若く優秀な貴方を支える立場にあることを、何よりの誇りに思っています。」
アルフレッドはぐっと身を乗り出し、太目の眉毛をハの字に寄せて、恥ずかしそうに目をそらしたアーサーの手をとった。
「俺が大学を卒業して、完全に父さんの跡を継いだら、君の立場をもっと確固たるものにするよ。約束する。二人で、世界で一番強い会社を作ろう。」
「アルフレッド様…」

彼らは未来を約束された若きエリート。そのご威光たるや、ビジネスの神に選ばれ愛されているが如く。片や生まれながらにして大企業の御曹司であるアイビーリーガー。片や、その御曹司の父君に雇われ、エスカレーターを一段飛ばしでのぼるほどのスピードで出世したスーパーサラリーマンである。二人からほとばしるのは、まばゆいばかりの自信と若さ。それから、見ているこちらがこそばゆくなりそうな、咲き初めの恋の初々しい気配だった。

「ときに、社内レジスタンス…えーと、マジカルストライキだっけ?あれはどうなってるか知ってる?確か、首謀者は君の同期だったよね」
品よくシャーベットをつついていたアーサーの手がピタリと止まった。
「あのような輩と同期だなんて、汚らわしい」
忌々しげな表情でナプキンを手に取り、口元を拭う。
「あいつは俺にとって、恥以外の何者でもない。ったく、ふざけた格好でふざけたことおっぱじめやがって…」
「そうなのかい。調べさせたら、君と仲が良かったって報告があったから、少しだけ心配していたんだ。」
「仲がいいんじゃなくて、単に腐れ縁なだけです。俺は、あいつとは違う。俺の立場は、いつだってあなたの側にあります」
ぴんと張り詰めた真剣な視線が交わり、一瞬の後それはじんわりと熱を帯びた。
「アーサー。俺は君を信じているよ」

はじめての口付けは、レモンシャーベットの味がした……



アルフレッドは、あの夜のことを、今でも鮮明に憶えている。
目を閉じれば、ふわり香るレモン、ほんの一瞬唇に触れた粘膜、舌に感じた冷たい甘酸っぱさ、そういうものが生々しいほどの感覚を伴って甦ってきて、彼の心臓をぎちぎちと締め上げる。

薄暗い控え室の鏡の前で、衣装を調えた。漆黒の羽根飾りがついた襟巻き、上半身をぴったりと包み、腰から下に長く広がる黒いコート。黒皮の編み上げブーツ。カラースプレーで前髪を一房だけパープルに染め、左頬に星を描いて準備完了だ。

今日これから、彼はアーサーと再会する。アルフレッドの信頼と愛情を裏切り、マジカルストライキに寝返った初恋の人。彼と袂を分かつことになって、初めて顔を合わせるのだ。

ホームパーティーという体をとったレジスタンスの集会、その余興として用意された舞台、 すべての照明が落とされた暗闇の中、 その中央にアルフレッドは立った。スポットライト。突然登場した社長の息子の姿を見とめ、しんと静まり返った客席に向かって背筋を伸ばす。 アルフレッドは視線を惹き付けるように、右手の人差し指を、ゆっくりと右目の下に添えた。静寂。にやりと不敵に笑いながらその舌を出した瞬間。重低音のBGMが大音量で鳴り響いた。

一斉にライトがつき、明るく浮き彫りになった客席を見晴らすと、最前列で、彼の愛した緑の瞳が驚愕のかたちに見開かれていた。
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2017/02/04

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