卒業するアーサーさんを見送るアルフレッドくんのお話。
生徒会室のドアを開けると、いつものデスクにアーサーが居た。
「うわぁ、君、派手にやられたな!」
アルフレッドが大げさに感嘆してみせると、アーサーは子どものようにふてくされた顔で、ふん、とプレジデントチェアにふんぞり返った。

ボサボサの金髪、アーモンドの形をした目、元気いっぱいの眉毛。 窓から斜めに差し込む夕日に照らされた彼は至っていつも通りの不遜さだが、その首の下の制服は見るも無残な有様だ。普段はお行儀よく一番上まできっちりと留まっているボタンたちはむしりとられ、白くすんなりとした首から鎖骨、胸骨が浮かぶ痩せぎすの胸元までがちらちらと晒されてしまっている。シャツの裾はスラックスからはみ出し、ジャケットのボタンもすべて失われていた。もちろん、ネクタイや校章なんて跡形もない。胸元に飾られた「卒業生」の造花がなければ、狼藉にでも遭ったのかと問い詰めたくなるほど散々な様相だった。
「あいつら、最後だからって、好き勝手やりやがって…」
ぶつぶつと文句を垂れるアーサーに近づき、むしられ具合を上から下まで確認したアルフレッドが、感慨深げにこう言った。
「君、実は人気者だったんだなぁ」

今日は卒業式だった。厳かに執り行われた式の後、中庭から校舎を見上げつつ、3年に及ぶ思い出の走馬灯を脳内に駆け巡らせていたアーサーは、突然下級生たちに取り囲まれた。混乱し、状況を認識する間もなく、全方向から衣服に手をかけられ、そして、前述の通りむしりとられたのだった。
暴君と名高かった前生徒会長は、意外にも慕われていたということだ。

「ったく、こんなボロッちぃカッコじゃバスにも乗れねぇよ。帰れねぇっつぅの」
「それでこんなところに今までぼっちで隠れてたのかい?寂しい奴だな君は!」
「うるせぇ!」
頬杖をついてため息をこぼすアーサーに近づき、デスクに放り投げられた彼の荷物を目視しながらアルフレッドが問うた。
「ジャージは?コートは着てきてないのかい?」
「3年の3学期に体育なんかあるかよ。 受験でしばらく授業すらなかったんだぞ。コートは、もう春だから着てねぇよ。俺は寒さに強いイギリス人だからな!」
それなら、と、アルフレッドは自分が着ていたフライトジャケットをアーサーにかぶせた。
「コレ着て帰りなよ」
「あ、ああ、悪い」
細身のアーサーには一回りほどオーバーサイズなジャケットは、直前まで着ていたアルフレッドの熱と匂いがそのまま残っていて、まるで背後から彼に抱きしめられているようでアーサーの胸を高鳴らせる。
「ありがとな…」

全開にはだけた胸元を隠すためにジッパーを上げようと、長めの袖口と奮闘していたアーサーは、アルフレッドにジャケットごとぎゅっと抱きしめられ、吐息のようなささやきを注がれた。

「帰ったら、さ。着替えないで待っててくれよ。今日は、制服のまま、君を抱きたい」

天真爛漫で、普段は自分の欲求を無邪気に訴える年下の恋人の、熱を帯びつつも低く抑えたその声に、アーサーが意表をつかれて視線を流すと、真っ赤に染まった耳が金髪に埋もれているのが見えた。まもなく、アルフレッドの呼吸が小刻みに乱れ始める。
「そうだな。今日やっとかないと、明日からは、俺が制服着たらコスプレになっちまうもんな」
ポンポンとリズムを取って背中を優しく叩いてやると、アルフレッドは震えながら盛大に鼻をすすった。

同じ校舎で過ごせたのは、たったの一年。
アーサーは離れた土地に進学するため、この春からは遠距離恋愛が始まる。
「心配すんなよ。長期休暇には帰省するし、お前だって、遊びに来てくれんだろ?」
「うん」
「卒業したら、お前も俺んとこ来て、ルームシェアしようって約束したな?」
「うん…絶対、俺、勉強頑張って、アーサーと同じ大学行くから」
背中を叩いてあやしてくれるアーサーの肩に頬を摺りつけると、夕焼けに照らされて床に伸びた二人の影が見えた。

明日になったら、アーサーはもうここにはいない。
一緒に過ごした思い出の生徒会室。見慣れた床に浮かぶ、抱き合う二人の影法師。
それらを目に焼き付けながら、アルフレッドは、明日なんか来なければいい、と思った。
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2017/03/11

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