初めての夜を迎えた米英のお話。(イギリスさん初体験ではありません)
窓を開けると、庭のチェリーブロッサムがさやさやと枝を揺らしているのが見えた。
とろりと濃い藍色の夜を背景に、白く浮かび上がった小さな花が、幾重にも重ねたレースのようにたっぷりと木の上半身を覆っている。まるで、極東の友人が住まう国の民族衣装のようだ。とりわけ若い娘が纏う、フリソデといったっけ。枝が、淡く桃色に染め上げられた、上等の絹の袖を振っているように見える。

イギリスは、ほぅっと小さくため息をついて、窓を閉め、カーテンを引いた。シャワーで温もり、緊張に火照った身体に夜風は心地よかったけれど、春の夜はまだ冷える。風邪を引いてしまってはいけない。

今夜は、アメリカとイギリスが二人だけで過ごす初めての夜だ。

イギリスは恋なんて何度だってしてきたし、それと同じだけ恋人との最初の夜を乗り越えてきた。だけど、いくら国特有の長い生を経ているとはいえ、こういう場面は慣れるようなものじゃない。 相手の肌に初めて手を伸ばし、生まれたままの姿を晒し合うというのは、どんなに機会を重ねていても恥ずかしいし、緊張する。ましてや、相手はアメリカだ。何もかもが初めてすぎて、イギリスの千年にわたる記憶のデータベースをひっくり返しても、参考にできる経験などひとつもなかった。

物思いに耽っているうちに、ガタンとバスルームの扉が閉まり、間もなくパタパタとスリッパが廊下を打つ音が聞こえた。イギリスは窓に身体を向けたまま、ぎゅっとカーテンを握りこむ。ドアが開いて、あついあついと言いながら、アメリカが騒がしくイギリスに近づいてきた。 子どもっぽい声音。 いつもどおりのガサツな足音。
あれ?ムードとかそういうの、ねぇの?

「なんだい?窓の外、何かあった?」
「べつに。チェリーブロッサムが見頃だな…っておい!お前!」
背後から覗き込んできたアメリカを振り仰ぐと、彼の口から金属の舌が生えていた。正確には、舌ではなくてアイススプーンが。

「こんなときによくアイスなんか食ってられるな!」
なんだ。緊張していたのは、自分だけだったのか。バカみたいだ。
イギリスが涙目でうなっていると、アメリカは、まさにとろけたアイスのような甘い目で笑って言った。

「だってさ。幸せなんだ。いつも以上にアイスもうまいよ」

ぺろりと唇を舐め、アメリカが窓辺のチェストの上に、食べ終わったカップを置いた。
いつものイギリスなら、そんなところにそんなものを置くな、と叱っただろう。だけど、彼はもう何も考えられなかった。視線が目の前の男に吸い寄せられる。アメリカはジーンズだけを身に着けて、その上半身を晒していた。若く柔らかそうな、だけど充分な厚さを持った筋肉が美しい。湿った前髪の隙間からのぞく青い瞳で、ほんの少しだけ恥ずかしそうにイギリスを見て、微笑んでいる。
彼の裸なんて、 それこそ彼が子どものころから、数え切れないほど見てきたし、見慣れていると言ってもいいくらいだ。それなのに、目も、耳も、思考も、イギリスの全てが、アメリカに集中していた。これから、この身体と熱を分け合うのかと、全身の細胞が歓喜しているようだった。

「おいでイギリス。キスしよう」

ベッドまでの数歩手を引かれ、無邪気にスプリングへ倒れこんだアメリカの上に載せられた。イギリスは胸がいっぱいで、浅くなった呼吸が苦しくて、だけど、促されるままに強くまぶたを閉じると、ふにゃり、と濡れた唇が触れ、冷たくて甘い舌が口内にもぐりこんできた。アメリカの体液を纏った、やわらかく濡れた肉に舌の裏側を刺激され、イギリスの口の中もじゅわりと潤う。薄まった唾液の中にもほんのりとバニラのフレーバーを感じた。

自分の骨ばった胸の下にある、厚く湿った身体。耳の後ろを優しく撫でてくれる指先。熱を帯びて立ち上る彼の匂い。唇の隙間から必死に酸素を求めるみだらなお互いの呼吸音。
イギリスは、これらすべての情報が、目まぐるしいスピードで脳内に書き込まれているのを感じた。この先きっと、満開のチェリーブロッサムやバニラの匂いで、今夜の記憶が誘発されるんだろう。そんなことを考えながら、アメリカの唇を柔らかく食んだ。

ちゅ、と立てられた可愛らしい音を合図に、ゆっくりと瞼を上げる。
「今夜から、これが俺たちの日常になるんだよ」
熱に潤んだブルーの目をやさしくたわませ、ほんの少しだけ離した唇でアメリカが囁いた。

バニラの吐息が唇に当たって、くすぐったかった。
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2017/03/25

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