英領時代の若米×英で、恋心を自覚して苦しむ若米のお話。
「アメリカ!どこだ?」

耳を澄ませても返事は聞こえず、アメリカを呼んだイギリスの声は、遮るものなくどこまでも広がる草原の真ん中で、吹き上がる風に浚われ青空へと吸い込まれていった。

「なんだよ…昨夜ちゃんと言っておいたのに。どこ行っちまったんだよ」
イギリスは俯いて、馬の手綱をいじりながらぽつりと呟いた。昨晩の夕食の席で、今朝の船で発つことをアメリカに伝えたのだ。それなのにアメリカは朝食に現れず、家中どこを探しても見つけられなかった。

「昔は俺が帰る日には泣いて縋ってきたのにな。あいつも大人になったってことか」
イギリスはアメリカを探すことを諦め、馬を駆けて、訪米中二人きりで過ごしたアメリカ邸に戻った。厩に馬を繋いでいると、英国付きの従者がやってきて、早々の乗船を促された。
「わかった。すぐいく」
従者に返事をし、厩の中からアメリカ邸を見上げ、イギリスは 小さな声で呟いた。
「アメリカ…また、来るからな」



厩を出ていくイギリスの後姿を見届けて、アメリカは詰まれた干草の裏から這い出した。ここはかくれんぼに最適な場所だ。国が持つ特有の気配を、馬がすべて消し去ってくれる。
「行っちゃったよ」
愛馬の首筋を掻いてやってから、アメリカはそれまで抑えていた衝動を解放し、たくましい馬の首にぎゅっとしがみついて、胸いっぱいに温かい匂いを吸い込んだ。

イギリスは行ってしまった。彼の国に帰ってしまった。
これでまたしばらくは会えない。寂しくて胸がつぶれそう。

だけど、どこかほっとしている自分がいることを、アメリカは確かに感じていた。

イギリスの背をすっかり追い越してから、アメリカはおかしくなってしまった。
イギリスと並んで歩くとき、ちょうど鼻先のあたりにある丸くて白い額に唇を押し付けたくなる。まだ完全に大人の男になりきれていない兄の、自分よりも細い首に噛み付きたくなる。薄い唇からのぞく、白い歯やてらてらと光る赤い舌を舐めてみたい。親愛のハグじゃ足りなくて、思い切り強く彼を抱きしめてみたい。おはようからおやすみまで、アメリカの前ではかっちりと重ねられた衣服をすべて取り去って、余すところなくその肌を眺めて触れてみたい。

兄を愛しているのに、大切にしたいのに、時々そんな凶暴な気持ちが湧き出してくるのだ。アメリカは、もう子どもの頃のように、おとなしくイギリスの見送りをできる気がしなかった。だってすでに腕力においてはアメリカがイギリスに勝っている。今のアメリカなら、イギリスを押さえつけ、彼の自由をすっかり奪うことができるだろう。アメリカは、自分の国へ去ろうとするイギリスに、そうしないでいられる自信がなかった。

昔、アメリカがまだイギリスの半分にも満たないような背丈だった頃、彼とかくれんぼをして遊んだことがある。
あの頃は、どこに隠れても、必ずイギリスに見つかってしまった。アメリカは、彼に見つけてもらうことが嬉しくさえあった。今では失われてしまった、彼とのあの一体感。全能感。

かくれんぼをしても、イギリスはもう、アメリカを見つけてはくれないだろう。
今日彼がアメリカを見つけられなかったように。

アメリカは自覚していた。自分は、知恵の実を食べてしまったということを。
知ってしまったのだ。彼と自分は、別々の人格と別々の肉体を持っているということ。彼に向けた愛情が、かたちをいびつに変えてしまったこと。そしてその愛情を、イギリスが連れてきた神様は決してお許しにならないということも。
アメリカはこれから、イギリスに見つからないように一人ぼっちのかくれんぼを続けなくてはならないのだ。

もういいかい
まあだだよ

もういいよ
もういいよ

自らが背負った罪の深さに慄きながら、今は一粒だけ涙を落とすことを自分に許して、アメリカは愛馬の首を強く抱きしめ直したのだった。
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2017/05/06

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