雪道で意識が混濁したアルフレッドくんのふわっとしたお話
ざく、ざく、ざく。

自分の荒い呼吸音と、雪を踏みしめる音だけが響く、 静かな夜だった。
どこまでも続く雪原。目印になるものは何もないけど、北極星は左手にあるから、方角は間違っていないはずだ。ずり落ちてきそうな背中の彼をゆすりあげ、朝日を目指して重い足を進める。

ざく、ざく、ざく。

いつか、ずっと昔。 俺たちはそれぞれ国の化身だった。
戦いの火種は赤々と燃えたまま、聖火リレーの如く各地に受け継がれていて、人間たちはいつでもそこで殺し合いをしていた。俺は今、戦闘で傷つき、血を流し、意識のない彼を背負って、雪道を歩いている。

ざく、ざく、ざく。

背中の彼は、息をしているのだろうか。 死なない身体だと認識しているけれど、本当に例外はないのか。背後に迫りくる不安に追いつかれないよう、淡々と足を進める。もうすぐ、目の前の空が白み始めるだろう。朝日が昇れば、きっと彼は目覚めるはずだ。俺の好きだった、新緑の瞳が朝日を弾くさまを見たい。

ざく、ざく、ざく。

いつか、ずっと昔。俺たちはうさぎとおおかみだった。
あの頃は、雪が積もる季節には巣穴から一歩も出ず、春が来るまでずっと睦みあって過ごしていた。食べて、まどろんで、求め合う。けものらしく、欲するままに。そんな風に過ごしていた気がする。もう忘れてしまったけれど。

ざく、ざく、ざく。

いつか、ずっと昔。俺たちは魔法の国を治めるキングとクイーンだった。
あの頃は、魔法で氷の城を築き、冬の休暇は二人きりでそこに篭って過ごしていた。氷でできた城は壁も天井も光を透かして、キラキラと乱反射する様が美しかった。彼の白い肌に、金色の髪に、まろやかになった太陽光が反射して、それはそれは眩しいほどだった。一糸纏わず抱き合って眠った夜には、普段早起きの彼も朝寝坊をする。俺は、彼より少しだけ先に起きて、金色のまつげに縁取られた瞼が持ち上がる瞬間を見守るのが好きだった。もう、忘れてしまったけれど。

ざく、ざく、ざく。

いつか、ずっと昔。
俺たちは、ただの人間で、大学生だった。実家暮らしの俺は家が遠いことと多忙を言い訳に、彼の部屋に押しかけていて、狭苦しいシングルベッドに間借りして暮らしていた。あの頃の俺も寒がりだったから、こんな雪の日には、1ミリのすき間もなく彼にくっついて眠った。素肌同士が柔らかくこすれあう感触が心地よくて、眠るときには服を着たがる彼を制し、裸のまま、背中から彼を腕に抱えて眠るのが好きだった。

いつか、ずっと昔。

ことことと湯の沸く音がする。それから、フライパンの上のベーコンが身を縮ませる音。たまごの殻が割れる音。 波が引くように意識が浮上する。目を開けると、一切の生活音が遮断されることのない狭いワンルーム、安っぽいパイプベッドの上に、素っ裸で横たわっていた。

「お、起きたか」
「うん」
ガリガリと髪をかき回しながら、目だけで下着を探す。
「なんか、変な夢を見たよ」
「そうかよ」

小さなキッチンの前で、こちらに背を向けたまま、相槌を打つ彼は誰だっけ。
うさぎなのか、クイーンなのか。背中で眠る、彼の国の化身なのか。

「顔洗って来い、朝飯にするぞ、アルフレッド」

名前を呼ばれ、ふわふわと拡散していた意識が現実に収束し、昨日までアルフレッドとして生きた記憶が定着する。ようやく回路が繋がって、電気信号がまたたき始める。

「アーサー」
背後に立って彼を呼ぶと、振り向きざまにキスを与えられた。
「おはよう、アルフレッド」
新緑の目に窓から注いだ朝日がはじけて、きらきらと舞う埃のように拡散した。


いつか、ずっと昔。
ざく、ざく、ざく。

耳に残る音が、いつまでも、消えない。
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2016/12/10

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