告白を逡巡しているアルフレッドくんが思い切るお話
近頃人間たちの間で、冷凍睡眠…コールドスリープが流行しているという。
眠っている間に数十年が経過するので、長く生きられ(その間は眠っているので、起きている時間だけでみれば普通の寿命と同じであるが)若さを保てる( その間は眠っているので、起きている時間だけでみれば 以下略)。
まだまだ未熟な技術であり、莫大な費用がかかるため利用しているのは一部の富裕層だけらしいが、金持ちたちは、夢のような技術だと、こぞって眠りに入っているという。
キャッチコピーはずばり、「未来で会おう」

そんなコールドスリープの新聞全面広告を見て、「愚かなことだな」とアーサーは言った。
「未来なんて日は来ないのに、こんなもんに高い金払って、愚かなことだ」
「いかにも、ペシミストの君らしい発言だな」
しかめっ面になったアーサーの顔を見て、アルフレッドは吹き出した。
「いいじゃないか、夢があって。人間は100年くらいしか生きられないんだから、寿命の先にどんな世界が広がってるのか、見てみたいって思うのは自然な欲求だよ。それに、そういうサービスを利用しようって人間は、未来が来ないなんて、そんな夢のない考えは持ってないよ」

「そういう意味じゃねぇよ」アーサーは新聞を畳みながら、唇を尖らせる。
「俺はもっと、言葉どおり、『未来 』っていう瞬間が訪れることはないって言ってんだ」
「つまり?」
問われ、アーサーは考え込んだ。唇を撫でながら左下の何もない空間にじっと目を凝らす。
何もなく見えるのはアルフレッドが見ているからであって、アーサーの目には妖精さんとやらが映っているのかもしれない。
「つまりだな…未来は予定で、過去は記録だ。どちらも実体を持たない、イマジネーションの中の存在だろ。俺たちは肉体に縛られていて、その肉体が存在できるのは『いま』しかないんだから」
「ああ成程」
アルフレッドの相槌を得て、アーサーは少し気分がよくなったらしい。
「目の前には、たくさんのドアがある。だけどどのドアを開いて進んでも、その進んだ先が現在地になって、ゆくゆくは軌跡になるってことだ。俺たちの前には、常に明日への扉しかないってな」

「最後の比喩は余計だったけど、まぁ、君にしては、リアリズムに富んだ発言だな」
アルフレッドが茶化すと、アーサーは顔を赤くしてぽこぽこと怒り出した。
「俺はいつだって現実的だ!」
「えー、君の話はいつも、妖精さんとか魔法とか、エクスペリアームスとか、そういうのばっかりじゃないか」
「妖精さんも魔法も現実に存在するし、あと最後のは俺使ったことないぞ!」
「はいはい。あ、俺コーヒーいれてくる」

ぎゃんぎゃん喚くアーサーをリビングに残し、キッチンの扉を閉める。
確かにそのとおりだ、とアルフレッドは思った。先ほどのアーサーの発言についてである。
確かに、ひとは、今現在しか生きられない。
「いつかやろう」は「永遠にやらない」のと同義だということを、経験則で知っている。
他愛無く未来に夢を見ることは甘美だけれど、いつまでもそれしかないのでは無責任が過ぎる。
今この瞬間に、身体を使って一歩を踏み出す労力を惜しんでは 思い描いた未来へ到達することなど決してできないのだ。

蛇口を目いっぱい開いて勢いよく薬缶に水を満たし、火にかける。
アーサーにはコーヒーと言ったけれど、アルフレッドは紅茶缶を手にしていた。
それは、いつかアーサーにいれてあげよう思っていて、でも、なかなか機会をつかめなくて、ずっと戸棚の奥に仕舞いこんでいたものだ。
薬缶がシュンシュンと湯気を吐く。沸騰させすぎないうちに火からおろし、ポットに落とした茶葉へ、高い位置から勢いよく熱湯を注いだ。

この紅茶を差し出すとき、アーサーに好きだと告げよう。
いつか、遠くない未来に実行しようと思い、思っているだけで今日まできてしまった。
アーサーの言うとおり、未来なんて日がこないのなら、「いま」それをしなくては。
そうして踏み出した先に、ふたりの思い出を重ねて記録できたなら。
それ以上の幸せは、きっとない。

ティーカップを持って深呼吸する。
それからアルフレッドは、アーサーへと続く扉を開いた。
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2016/12/03

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