休日一緒にテスト勉強をしているアルアサ
アルフレッドは、右手でパタパタとペンを回し、左手で頬を支えながら、対面に座るアーサーをぼんやりと眺めていた。穏やかな日曜の午後。窓の外からやわらかい日差しが、ほんの少し斜めに傾いて差し込んでいる。
こんなすばらしい小春日和に、室内にこもって試験勉強だなんて…
もったいないんだぞ。

「おい」
ノートからちらりとも目を離さず、アーサーが言う。
「まだ始めてから30分も経ってないぞ。お前はほんっとに落ち着きねぇなぁ。集中力金魚並みかよ。気が散りすぎだろ」
姿勢よく座り、やんごとなく生まれつきました!というオーラを撒き散らしながら、アーサーから飛び出す言葉は非常に粗野かつ辛らつである。うんうん、通常運転通常運転。

「だって、世界史は教科書見てると眠くなるんだぞ。俺の集中力の問題じゃなくて、人には誰しも向き不向きってものがあるじゃないか」
アルフレッドは固有名詞を暗記するのが苦手だ。なんとなく、それっぽくしか憶えられない。偉人の名前も、「あー、あの、アルプスの少女が歌ってそうな名前の人だね!ドイツにジャガイモを普及させた!」というような曖昧な回答しか思いつかない。まさか解答欄に「ヨーデレリッヒ」と書くわけにもいかない。ちなみに選択問題であれば迷わず「フリードリヒ2世」と回答できるが、選択肢に「フリードリヒ13世」とか 「フリードリヒ28世」が並んでいたら答えられないかもしれない。

だが、勉強が退屈なのは、向き不向きの問題だけではない気がする。たとえば数学は好きだし、問題集を上から順番に解いていくのはゲームみたいで面白いし、勉強するのも世界史ほど苦ではない。が、だからといって、「この週末は数学をエンジョイするんだぞ!君もジョイナス!」なんて思うだろうか?答えは否だ。
「学校もさ、もっと、実生活に役立つような、俺たちがホントに知りたいことを教えてくれればいいんだよ!」
「ふーん。お前が知りたいことって、たとえばなんだ?」
すっかりと集中の糸が切れてしまったアルフレッドに対し、アーサーは依然として目を伏せたままペンを走らせている。問題集を解いているようだが、問題文を読みながら回答しているのか、ペンの動きが止まることはない。どんな脳みそしてるんだ。無駄話に気をとられて、同じ文ばかりを繰り返し読んでしまうなんてこと、彼にはないんだろうな。聖徳太子かよ。

「たとえばさ、効果的に背を伸ばすための栄養学とか!国語もさ、アニメとか漫画のノベライズを作文課題にしたり。音楽は、好きな歌手のコピーで音源作る課題とか楽しそうじゃないか!」
すごい。いくらでも思いつく。楽しいこと、やりたいことに関しては、人はいつだってクリエイティブになれるのだ。
「あとはそうだなぁ、好きな人に意識してもらうには、どうしたらいいかとか!」
ついつい熱くなって、得意げにアーサーを覗き込んだら、白い顔がぐっと近づいてきて、ぼやけた緑色のまあるい目が視界いっぱいに広がった。
唇に、ふわりと何かが掠めた。それは、滑らかに乾いていて、柔らかいけれどぱつんと張っていて、あたたかくて、弾力があって…
甘い匂いの、湿った空気が唇に当たる。

「好きな奴に意識してもらう方法って、例えばこんな?」
驚きに言葉を発せないアルフレッドを、アーサーが悪戯に成功した子どものような顔で見ている。ようやく焦点が合うほどの近さで、アーサーの猫のように丸い目が、三日月みたいにきゅっと細まった。
時が止まったような一瞬の後、白い顔は唐突に離れた。
アーサーの髪がふわりと風を生む。

「ほら。目も覚めただろ。いつ何を語るのもそれは言論の自由だが、別に今じゃなくたっていいだろ。まずはテストを乗り越えようぜ。俺たちには学ぶべきことがたくさんある」

「そうだね…」
人差し指で、唇を撫でてみる。
指先は乾きすぎていて滑らかさに欠け、先ほどの感触とは程遠い。

確かに、アルフレッドがまだ知らなくて、学ぶべきことはたくさんあるようだ。
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2016/11/27

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